慕 情 1          (2006.11.3)

 

 

 

 

 

 

 

 

旅の途中、昼下がり。

妖怪退治の一行は、久しぶりに長閑な時間を過ごしていた。

 

通りかかった川べりで、取れた手の魚を昼食に取り終え、

かごめと珊瑚は、何やら話し笑みを溢しながら、後片付けを始めていた。

 

「お茶、飲む?」

 

かごめは、沸き立ったお湯をマグカップに注ぎ、

犬夜叉と弥勒に手渡す。

 

「熱いわよ。」

 

「おう。」

 

「忝【かたじけな】い。」

 

 

 

 

青々とした空には鳥が囀り、すぐ脇の森の小道からは、

動物たちが走り去る物音を立てている。

 

かごめと珊瑚は、使い終えた食器類を川まで運び、

賑やかに洗い始めていた。

 

 

「こんな時間もいいものだなぁ、犬夜叉。」

 

熱いお茶を口にそっと注ぎ込み、

川のほうへと目を細め、眺めていた。

 

焚き火のすぐ傍では、七宝と雲母が

満たされたお腹に手を宛て、昼寝を始めていた。

 

岩に背もたれ、弥勒と同じように、

マグカップを口元に注ぎ、

犬夜叉もまた、弥勒と同じように川のほうへと目をやった。

 

 

 

 

バシャバシャと水の音と女どもの笑い声が聞こえてくる。

 

 

「けっ!呑気なもんだぜ。」

 

「そういうな。平和が何よりではないか。」

 

「欠片探しはどうなってんだよ?」

 

「それは、それ。これはこれ、だ。」

 

 

眉間に皺を寄せた犬夜叉と対照的に笑みを浮かべた弥勒。

 

 

「女子どもの笑い声が響くこととは、平和な証拠だぞ?犬夜叉。」

 

「そうやっている間にも奈落が何してやがるか・・・。」

 

 

相変わらずの犬夜叉の口調ではあったが、

その視線は、向こうに見えるかごめを追っていたことに弥勒は気がついていた。

 

遠目にもかごめの姿を見逃さない犬夜叉の視線。

 

いつの間に、こんなにもお互いが思いやるようになったものなのか。

 

その月日を数えるような野暮なことは考えるまでもなかったが、

底深き情愛に満ちた感情を彩る眼差しは、今までの犬夜叉の人生の中で

果たしてあったものであったか・・・。

 

桔梗との相愛は、悲劇的ではあった。

 

未だそれは重く澱みとなって

二人の間に渦巻いてはいるものの、

それ以上に繋がり、

結びついた二人の絆は、何にもまして純粋で、

戦いの中でも、それが強さや優しさを引き出し、

幾多の壮絶な戦いの中を切り抜けてきた。

 

―――想いこそが本当の強さだと、自分では気がついていない。

 

妖怪になりたい、もっと強くなりたいと切望し、

荒んでいた頃の犬夜叉と今の彼とでは全く異なったその表情。

それは、かごめの存在なしでは語れない。

 

―――誰かを想い、想われること。

 

本当の強さとは、そんな身近にあり、

盲目的なのであろうと弥勒は感じていた。

 

 

 

 

 

「なぁ、犬夜叉?」

 

「あ?なんでぇ。」

 

「かごめ様は、綺麗になったなぁ。」

 

その一言に思わず、マグカップを落としかけ、

慌てて、弥勒に目をやった。

 

「な、な・・・何を突然・・・!って、おめぇ、まさか・・・!」

 

「何を勘違いしてる?私は綺麗になったといってるだけだ。」

 

(何を突然言い出しやがる・・・!)

 

 

なおも涼しげな表情で川のほうの女たちに目をやる弥勒の視線の先に

犬夜叉も改めて、顔を向け、その先を見つめた。

 

 

小さく見えるかごめは、珊瑚と笑っていた。

珊瑚もまた、笑い声を上げていた。

 

 

「ま、私には珊瑚が一番美しい女子だとは思っていますがね。」

 

ず・・・と茶を味わい、犬夜叉へと視線を向けた。

 

「・・・・・。」

 

応えもなく、犬夜叉は黙ってその光景を見つめる。

 

「かごめ様は本当に綺麗になった。・・・というか、ま、女っぽくなったというか・・・。」

 

「・・・おめぇがいうと助平にしか聞こえねぇよ。」

 

「男とは本来そうであろう?身に覚えがないとは言わせぬぞ?」

 

「ぶ・・・!」

 

 

思わず、茶を噴出す。

 

 

「何言い出しやがる!」

 

 

嘘の隠せない耳がくいっと後ろに傾き、顔を赤らめた。

 

 

「ちゃんと見ててやらねば他の男に持ってかれるぞ?ん?」

 

「な!・・・そんなことねぇ!」

 

 

その言葉に憤慨し、がばっと腰を上げ、弥勒を見下ろした。

弥勒は黙って、犬夜叉の足元に転がったマグカップを拾う。

 

 

「そう怒るな、犬夜叉。」

 

「おめぇ、さっきからなんなんだよ!」

 

「・・・ほれ、あれを見ろ。」

 

 

マグカップを持った手が指す方向。

 

川の傍にある茂みから、町人らしき男がかごめたちの傍にやってきて

何やら、声をかけていた。

 

 

「な!なんだよ?あいつは・・・!」

 

「さぁ・・・。」

 

(何気安くかごめに近づいてやがる!)

 

 

犬夜叉は、むっとした表情で川にいるかごめたちのほうへと足を向けると

「かごめー!」と怒鳴った。

 

その瞬間、話しかけていた男はかごめに会釈すると、

どこか、そそくさと立ち去っていった。

 

かごめと珊瑚は、お互いの顔を見合わせ、

また笑っている。

 

(何、いつまでも笑っていやがるんだよ!)

 

いつもとは言え、仏頂面のまま、かごめの傍までやってくると

犬夜叉は、再びかごめを呼んだ。

 

「ん?何?」

 

かごめは変わらず笑顔で見つめ返す。

 

「・・・・・。」

 

「何よ?」

 

「・・・・。」

 

小首を傾げ、見つめる笑顔。

 

確かに綺麗とか言われると、それ自体は間違ってはいない。

 

まっすぐに自分を見つめる瞳に曇りはなく、

ただひたすらに自分をあるがままに受け入れてくれる姿勢に

支えられ、それは自分の中に生まれて初めて知った

『守りたい存在』。

 

だが、それは見た目とか外見的なものではない。

 

今までのお互いの関係の中から育み、慈しんできた情は、

それと同じ感情がやたらに他人から得うるものであるはずがない。

 

だが、弥勒がいう『綺麗になった』というからには

きっと他の男から見て、きっとそれは間違いない。

 

かごめが他の誰かに自分と同じ感情を持つことなど考えられやしないが、

他の男がかごめに感情を持つことは考えられる。

 

(冗談じゃねぇ!)

 

このときの犬夜叉の顔はきっと般若のようであっただろう。

 

さらに眉間に皺を寄せ、川で洗い物をしていたかごめの傍へと

ジャブジャブと入り、すぐ傍まで歩みより、

その目の前に立ちはだかった。

 

「・・・・おい、かごめ。」

 

「はい。これ。」

 

「・・・・あ?」

 

その態度とは裏腹に笑顔で犬夜叉の手に鍋やら食器を手渡した。

 

犬夜叉は「へ?」と、かごめを見つめた。

 

「なんだよ?これは。」

 

「いや、何の用事か知らないけど、手ぶらで戻ることないじゃない?」

 

「・・・・。」

 

「それ、洗い終わったもの片付けるから、向こうに持ってって。ね?」

 

「・・・おう。」

 

かごめは、一通り犬夜叉に荷物を手渡すと、

さっさと川岸へと上がり、脇に置いておいたタオルで濡れた足を拭い、

靴下とローファーを履き、弥勒達の待つほうへとかけていった。

 

「犬夜叉?上がんないの?」

 

後ろから、珊瑚が呆然と立ちすくんでいた犬夜叉に声をかけてきた。

 

「・・・あ、・・・上がる。」

 

「何、ぼーっとしてんのさ?」

 

珊瑚も、さっさと岸へ上がり、かごめの後を追った。

 

「・・・・。」

 

恕を突かれた犬夜叉は、結局何しに来たのか・・・と

思いつつ、同じようにかごめたちのほうへと足を戻す。

 

(まったく、弥勒の奴、変なこと言うから・・・)

 

 

「早く、おいでよー!」

 

焚き火の傍で、かごめが大声で犬夜叉に手招きし、叫ぶ。

 

「・・・おう。今行く。」

 

暖かい日差しの差し込んだ、太陽の光りを体一杯に浴びたかごめの姿はやはり

犬夜叉の目にきらきらと光り輝いていた。

 

(おめぇは、誰よりも・・・)

 

口に出すことのない想いではあったが、それは犬夜叉の中で何度も反芻し、

胸の中で、静かに木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、さっきの男とは何を話してたんです?」

 

かごめが、リュックの中に使った食器類を片付けていたときのこと。

何気に・・・という感じで弥勒がかごめに尋ねた。

 

「あー、それねぇ。」

 

「向こうの村で祭りがあるんだって。」

 

「ほぉぉぉ、祭りとは久しぶりじゃなぁ!」

 

七宝がかごめの肩に乗りあがり、顔を覗かせた。

珊瑚も話に混じり、二人は顔を合わせ、笑った。

 

「祭り・・・ですか?」

 

「そう、お祭り。」

 

「でも、なんで、そんなにおかしいんです?」

 

「あの人が、あたしとかごめちゃん見て、綺麗だから来たらもてそうだって、ね?」

 

「そう。言われて悪い気はしないもの。」

 

その一言に犬夜叉の耳がぴくっと傾く。

弥勒もまた、笑顔が引きつった。

 

 

「・・・で?いくと応えたのですか?珊瑚。」

 

微妙につりあがる眉毛。

 

「まさか、そんな理由ではいかないさ。」

 

更にぴくぴく引きつる眉間。

 

「なんか、宿やってるって言ってたから、つい話し込んだだけよ。」

 

(珊瑚に限って・・・、そうだよな・・・)

 

散々、犬夜叉にあれこれ言っていた張本人も、また

珊瑚の一挙一動に右往左往気味なのか、

珊瑚の言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 

「温泉あるって言ってたから、いいなぁって思って・・・。」

 

「そういや、久しく床らしい床で寝とらん。」

 

「そうよねぇ。」

 

七宝は、いつもかごめの寝袋で寝ているが、

確かに満足な場所で寝た記憶は随分前のこと。

 

二人は顔を合わせ、うんうんと頷きあう。

 

その様子に弥勒も腕を組み、考えこんだ。

 

 

かごめのいう「温泉」。沸き湯のこと・・・か。

 

そういえば、ここ久しく宿らしきとこへは寝た記憶がない。

野宿ばかりで、今日の昼とて、川で珍しく魚が沢山取れたから、

穏やかな昼下がりを過ごせたようなもの。

 

ここ数日は、大分山歩きばかりで、かごめや珊瑚にとっては

祭り・・・というより、宿の話に沸き立ったことであったのだろう。

 

・・・かごめ様や珊瑚のような・・・とばかりはいかなくとも

きっと綺麗どころの女子がいるはず・・・

 

さっきまでの珊瑚への疑心はいずこやら、

弥勒は、いつもの調子に戻るように邪な思慮を張り巡らす。

 

・・・にんまりと珊瑚に見えないように笑みを浮かべ、

目を細め、頭の中で出会うかも知れぬ美女たちを思い描いた。

 

「法師様?」

 

その様子に怪訝な顔で珊瑚が見つめた。

 

弥勒ははっと我に返ると、再び澄ました顔で珊瑚とかごめに顔を

向きかえると、

「では、今日は、そこに宿を取りますか?」

と、思いもよらなかった提案を投げかけた。

 

その一言に一番驚いたのは、脇で黙って様子を伺っていた犬夜叉だった。

 

「はぁぁぁ?なんだよ!」

 

その様子にかごめと珊瑚も驚く。

 

「そんな悠長なこと言ってらんねえだろうが!」

 

「たまには、骨休みも悪くなかろう?犬夜叉。」

 

「温泉入りた〜い!」

 

手を叩き、久しぶりの入浴に浮き立つかごめ。

 

「そうねぇ、野宿ばっかりだったし、祭りなんかどうでもいいけどさ。」

 

「そうじゃ、そうじゃ!」

 

旅に疲れた体を休めたいと思いを馳せる珊瑚。

かごめと珊瑚に便乗し、騒ぎ立てる七宝。

 

「じゃ、決まりですね、犬夜叉。」

 

弥勒は、ちらりと犬夜叉の顔に目をやり、何やら含み笑いを洩らしつつ見つめた。

 

このやろ〜・・・!とは思いつつも、久しぶりの宿に喜ぶ彼女たちを考えると、

そうそう反対しきれるものではない・・・と諭した犬夜叉は、

半ば諦め、開き直った。

 

「・・・勝手にしろ!」

 

(さっきまで、散々人にどうこう言ってたのは何なんだよ!)

 

 

 

 

結局、その日の宿は、日中かごめたちに声をかけてきた

男のところへと世話になることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、これはようこそ、おいでなすった。」

 

若い男は、かごめと珊瑚の姿を見つけると、

にこやかに一行を出迎えてくれた。

 

「おーい、泊まりの客だ。白湯を持って来い!」

 

「はーい・・・。」

 

奥から、声が返ってきた。

 

「あー、うちの家内です。」

 

「・・・小春です。」

 

挨拶に顔を出してきた女の後ろから、

まだあどけない童女も背中越しに顔を出してきた。

 

(・・・かわいい・・・!)

 

七宝は、小春に見惚れたか、顔を赤らめ、

かごめの背中へとさっと身を隠した。

 

「どうぞ、離れを案内しますから・・・。」

 

改めて、紹介された女将らしき女が玄関先で手をつき、

一行が泊まる部屋へと案内した。

 

「ここの離れをお使いくださいまし。」

 

深々と頭を下げ、障子をそっと閉め、去っていく。

 

宿とは言え、母屋の離れを改造した程度の小屋だったが、

きちんと寝床が用意されていた。

 

母屋から少し奥ばった位置にある離れからは、

大通りの人の賑わいさえ望める。

 

 

 

「あー、久しぶりにのんびりできるわ〜。」

 

かごめは、足を伸ばし、脹脛を軽く摩った。

 

「最近、山越えやらで大分歩きつかれたもんねぇ。」

 

珊瑚の小脇で雲母がミャーと擦り寄ってきた。

 

「雲母もおいしいもの食べれるね。」

 

「お布団で寝れるのが嬉しいわぁ・・・。」

 

かごめは、立ち上がると、外の景色を眺めた。

 

「結構、人通りがあるのね。」

 

「お祭りっていってたね。」

 

「なんか、こんな雰囲気って久しぶり。」

 

「そうねぇ、荒れた村なんか見たときなんかはやっぱり気分よくないしね。」

 

「そうよねぇ。」

 

 

 

 

女たちの会話を他所に犬夜叉は不貞腐れた様子で

さっさと横になり、肩肘を突いていた。

 

「おい、弥勒。」

 

「なんです?」

 

「なんで、宿なんか泊まらなきゃならないんだ?」

 

ふうっと溜息をもらしつつ、弥勒は犬夜叉の傍に擦り寄り、

耳打ちした。

 

「お前も馬鹿な男だな。祭りだぞ?綺麗な女子共が出歩いているのだぞ?」

 

「結局、それかよ!」

 

この助平法師が!・・・と言いたげな眼つきで弥勒を睨んだ。

 

「ま、私は目の保養。珊瑚達は疲れを癒し。お前も好きにすればいい。」

 

弥勒は、早速といった様子で錫杖を取ると、

「ちょっと町を見てくる」と部屋を出ようとした瞬間。

 

「話が丸聞こえなんだけど・・・。」

 

弥勒の前に鬼のような眼つきで立ちはだかる珊瑚がそこにいた。

 

「さ、珊瑚・・・!」

 

「また、女にちょっかい出す気でいたろ!」

 

「犬夜叉!なんとか言ってくれ!珊瑚!誤解だ!」

 

「何が誤解なのさ!」

 

「いててててて・・・・!」

 

耳に手をかけ、睨みあげた珊瑚の目に、弥勒は犬夜叉に助け舟を求めた。

 

「ばーか。自業自得なんだよ。」

 

二人の様子にあきれ果て、犬夜叉はそっぽを向き、横に寝そべる。

そこに、唖然とした顔で二人の遣り取りを眺めていたかごめが入ってきた。

 

「ねぇ、犬夜叉?」

 

「あ?どうした?」

 

「ちょっと、町にでも出てみる?」

 

かごめの申し出に、「はぁ?」と身を起こし、その顔を覗きこんだ。

 

「なんだよ!かごめまで!」

 

「だって、こっちでのお祭りなんて、なかなか機会ないし・・・。」

 

「風呂に入りたいんじゃなかったのかよ!」

 

「そりゃ、お風呂にも入りたいけど・・・。」

 

「さっさと風呂に入ってねりゃいいじゃねぇか!」

 

そう言い放つと、かごめに背を向け、再び横になり目を閉じた。

 

「まだ、夕方だし、寝るには早いじゃない。」

 

「飯食って、風呂入って寝ろよ。」

 

「意地悪!」

 

かごめは、不貞寝を決め込んでいる犬夜叉を後に

自分の荷物の置いた場所へと戻っていった。

 

 

 

 

「・・・・・。」

 

「犬夜叉、お主も相変わらずアホよの〜。」

 

その様子に七宝が犬夜叉の腕に乗りあがってきた。

 

「誰がアホだ!」

 

「きゃー!」

 

七宝の尻尾を摘み上げ、目先にぶらさげ睨みつける。

 

「女心をまるで理解しとらんからいっとるんじゃ!」

 

小さな指を鼻先に突きつけ、大人びた言葉で叱咤する。

 

「何が『女心』だ!ガキのくせして!」

 

「かごめの気持がわかっとらん!せっかく、かごめが犬夜叉と二人で

町を歩きたいって言ってるのにわかっとらんのか!」

 

「ああ?なんでぇ!」

 

(ほんとにこいつはアホじゃ!)

 

七宝は、掴まれた尻尾を引抜くと、

さっと身を翻し、廊下へと飛び出した。

 

「アホな奴はほっといて、わしは小春ちゃんと話しに言ってくる。」

 

「け!ガキのくせして!」

 

目的は、さっきの小春・・・とかいう子供のところだろう・・・と

七宝が出て行くのを背中越しに見送ると、

再び、肩肘を突き、いつものように仏頂面で不貞寝と決め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行は、夕餉を済ませると、珊瑚とかごめは風呂に、

犬夜叉と弥勒は、部屋へと戻ってきた。

 

七宝は、相変わらず小春のところへ行ったきり戻ってくる気配はない。

 

「なんでぇ、弥勒。外へ出るんじゃなかったのかよ?」

 

「いや、・・・女子たちが風呂へ行くとあれば、やはり留守を守らねば・・・。」

 

だが、弥勒の姿勢は、守る・・・というより、風呂支度を始めている

二人の様子を影から覗きこんでいるようにしか見えない。

 

腰を屈め、襖の隙から二人の動向を伺っていた。

 

「弥勒。」

 

「何です?」

 

「風呂なんか、覗いたら殺すぞ。」

 

「・・・・・。」

 

弥勒は、ふうっと溜息を洩らすと、諦めたのか

黙って腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりのお風呂だった・・・。」

 

まだ、濡れている髪をタオルで拭きながら、かごめと珊瑚が

上機嫌で母屋の番台の傍を通りかかったとき。

 

女将が笑顔で「ようござんした」と笑顔で迎えてくれた。

 

「祭りは見に行かんのですか?」

 

「まだ、やってるんですか?」

 

「へぇ、ここいらじゃ一番大きな祭りでなぁ。夜通しやっとるんですわ。」

 

「人通り多いですものね。」

 

番台から通りを見ると、夜にも関わらず、

賑やかな祭囃子や人の声が聞こえてくる。

 

「かごめちゃん、ちょっと見に行ってみる?」

 

「・・・でも、犬夜叉、機嫌悪そうだし・・・。」

 

「法師様だって、あたしと一緒だったら、そうそう女に声かけないよ。」

 

「そうね、見てみたいし・・・。」

 

「祭り、行くんなら、私の若い頃の浴衣貸しましょか?」

 

二人の話を脇で聞いていた女将が二人に浴衣を出してきた。

 

「そこまで、甘えちゃってもいいの?」

 

「せっかく来たんだら、楽しんでったらいいに。」

 

笑顔で見送る女将。

 

珊瑚とかごめは、浴衣を受け取ると早速部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉぉぉ・・・。これは、また・・・。」

 

弥勒は、珊瑚の浴衣姿に感嘆の息を洩らした。

 

珊瑚もその視線に奥ゆかしくはにかみながら、

桃色に染めた頬に手を宛てた。

 

「かごめ様も浴衣を着られたので?」

 

「うん、もう着付けたかな?」

 

珊瑚が襖の向こうにいるかごめへと声をかけた。

 

「もう、ちょっと・・・。今、帯締めてるの。」

 

弥勒は、珊瑚に目をやると、

 

「では、かごめ様は犬夜叉に任せて私達は先に行きますか?」

 

「そうね。先行ってるよ、かごめちゃん。」

 

と、声だけかけると、二人は画策したかのように

二人を置いて、部屋を出て行った。

 

 

 

 

「ねぇ、犬夜叉?一緒に行こう?」

 

着付けを終え、不貞寝している犬夜叉を起こそうと揺り起こした。

着替えを終えた後のかごめを見ることもなく、

ご機嫌斜めな態度に、かごめもどうしたものかと顔を覗きこむ。

 

「ねぇ、何そんなに怒ってるのよ。」

 

「別に怒ってねぇよ。」

 

「もう弥勒様たち行っちゃったよ?」

 

「ほっとけよ、あいつらは。」

 

身を起こすこともなく、相変わらず不機嫌な応えを返す。

 

「ねね、見てよ、浴衣借りたのよ。」

 

「・・・・・。」

 

「見てってば・・・!犬夜叉!」

 

「なんなんだ・・・っ」

 

かごめの言葉に、ようやく身を起こし、

浴衣姿にと衣を変えたその艶姿に初めて目をやった。

 

薄暗い部屋の中、行灯の火がかごめの姿を浮かび上がらす。

 

途中、言葉を飲んだ犬夜叉は、思わずかごめの姿に見とれてしまった。

 

「・・・・・。」

 

「どう?似合う?」

 

犬夜叉の目の前に屈み込むかごめの浴衣姿は、

普段、身に纏っていた奇妙ないでたちとは全く異なったものだった。

 

珍しく結い上げた項が夜目にも白く映り、

帯びのせいか、体の線が更に誇張されたかのように、

悩ましいほどに見せ付ける。

 

犬夜叉は、思わず固唾を呑んだ。

 

「・・・何?似合わない?変?」

 

「・・・あ、いや、・・・そうじゃねぇが・・・。」

 

「ね?皆行ってるよ?私たちも行きましょ?」

 

「わあったよ!行きゃいいんだろ!」

 

(まさか、こんな姿のかごめを一人、町に出せるかよ!)

 

 

ようやく重い腰をあげ、しぶしぶかごめの後ろにつくと、

弥勒達の後を探すように二人は町へと出かけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「賑やかねぇ・・・。」

 

 

「見て見て!綺麗な櫛!」

 

 

「きゃぁぁ!おいしそう!」

 

 

見るもの、ひとつひとつが何ほど珍しいのか。

かごめは、行く先々の露店に目をやっては、俄かにはしゃいだ。

 

「まったく、女ってのは、これだから・・・。」

 

腕を組み、かごめの口から出てくる言葉に呆れた様子で言葉を洩らす。

 

「だって、普段こういう風なとこ行かないじゃない。」

 

「俺は、人ごみは嫌いなんだよ。」

 

(ただでさえ、匂いが入り混じって気分が悪い・・・)

 

陽気に弾むかごめと不機嫌そうに、その後ろについてまわる犬夜叉。

 

 

 

「あんまり、俺から離れるなよ?」

 

「じゃ、犬夜叉こそ、ちゃんと着いてきてよ?置いてかないでよ?」

 

 

 

人ごみの中、一際体の小さなかごめは、犬夜叉の心配を他所に

どんどんと先へと進んでく。

 

「まったく、何が珍しいんだか・・・。」

 

犬夜叉は、ふと足を止め、先を歩くかごめの後姿を眺めた。

 

褒め言葉などかけた訳でもないし、そんな言葉さえ満足に浮かんでこない。

一言「綺麗だ」といってやればいいのだろうが・・・。

 

だが、今、それ以上に気になること。

 

 

―――他の男の視線が気になる・・・

 

―――どうも、かごめを見ているような気がしてならねぇ!

 

 

そんなことなど、気にもしていない様子のかごめは、

ちょこまかとあちこちの露店を覗いてははしゃぎまわっている。

 

(ちったぁ、警戒心ってもの持てよな!)

 

そう思い、かごめの腕を掴もうと歩み寄った瞬間。

すぐ脇の店から、喧嘩を始めた男が大通りへとなだれ込んできた。

 

「おめぇが悪いんだろ!」

 

「やかましい!この!」

 

大の男が二人、殴り合いを始めてしまった。

回りでは、その喧嘩を取り囲むように人だかりをつくり、

野次を飛ばしたり、けしかけたりし始めた。

 

(酔っ払いかよ・・・。しょうがねぇなぁ・・・)

 

犬夜叉は止めた足をもう一度戻し、かごめの後を追いかけようとしたとき。

 

(あれ、ついさっきまで・・・!)

 

なだれ込んできた喧嘩の二人に阻まれ、ついかごめの姿を見失ってしまった。

 

そちこちで立ち込める人や食べ物の匂いで犬夜叉の鼻が利かない。

 

「おい!かごめ!どこだ!」

 

大声を張り上げるものの、振り返るのは道行く人ばかり。

 

(やべ・・・!)

 

犬夜叉は、、必死にその辺りを見回しながら、見失ったかごめの姿を捉えんと

必死に探し始めた。

 

(かごめ・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・はれ?犬夜叉?」

 

振り返ると、後ろにいたはずの犬夜叉の姿が見当たらない。

ついつい、見るものに見とれ、足を運んできてしまっていた自分だったが、

一応声はかけてきたつもりだった。

 

だが、返事がないのは、ついてくるのも億劫だったからだろうと

さして、気にも留めず、それでも話しかけてきたつもり・・・。

 

「もしかして、今まで一人でしゃべっていたのかしら・・・?」

 

それはそれで、恥ずかしさはあったが、見知らぬ土地で

気がつけば犬夜叉から逸れてしまった自分の境遇に危機を感じないわけではない。

 

かごめは、大通りから逸れ、店の脇へと入り込むと、

大通りを歩く人を見つめ、犬夜叉の姿を探した。

 

特徴ある銀の髪。

緋の衣。

 

「やだ・・・。わかんない・・・!」

 

うろたえ、きょろきょろしているかごめを脇から

男が近づいてきた。

 

「どうした?娘さん?」

 

「人とはぐれて・・・。」

 

そういいながら、振り返ると人相の悪い男が数人、

かごめを取り囲むようにして立っていた。

 

(酒臭い・・・!)

 

かごめは、そこから離れようと小走りに駆け出そうとしたが、

着慣れない浴衣がかごめの足の動きを阻み、覚束ない。

 

やがて、取り囲んだ男の一人がかごめの華奢な腕を掴んだ。

 

「離して!」

 

「こっち来いよ。一緒に楽しもうじゃねぇか!」

 

「いやだったら・・・!」

 

抵抗するも男の力には勝てない。

 

かごめは、数人の男たちに囲まれ、

薄暗い林の奥までと連れ込まれると、

落ち葉の上へと押し倒された。

 

「きゃ!・・・何すんのよ!」

 

「きれいな娘だぜ・・・。」

 

男の一人が酒瓶を呷り、かごめの姿を舐めるように見回した。

 

「おめぇ、いい体してんなぁ。」

 

もう一人の男が手を伸ばす。

 

「な・・・!やめてよ!」

 

かごめは、手元に落ちている落ち葉を掴むと、

男たちの目に目掛け、投げつけた。

 

だが、それははらはらと散らしただけで

かごめを取り囲んだ男たちの感情を高ぶらせただけだった。

 

「威勢のいいねぇちゃんだな。」

 

「悪くねぇ。」

 

かごめは、いよいよ・・・と思い、ぎゅっと目を閉じたとき。

 

「ちょいと、やめなよ!あんたたち!」

 

そこに一人の娘が男たちに怒鳴りつけてきた。

 

「小娘一人に何よ!大の男が寄ってたかって!」

 

女は、押し倒されたかごめに手を差し伸べると、

浴衣についた落ち葉を払い、立ち上がらせた。

 

「なんだよ?おめぇは・・・。」

 

「人を呼ぶよ!あっちへ行きなよ!」

 

「へっ!一人も二人も同じだよ!やっちまえ!」

 

(襲われる・・・!)

 

女は、かごめの体を庇うように抱き抱え、

かごめもまた、女に抱きつき、身を寄せた。

 

 

 

「かごめーーー!」

 

 

二人がぎゅっと身を寄せたとき。

 

林の奥のほうから、白く・・・、いや銀の髪を靡かせた緋色の衣が

凄まじい勢いで駆けてきた。

 

「い、犬夜叉!」

 

「かごめーーー!おめぇら、そこどきやがれ!」

 

男達は、その姿を見るなり、さっきまでの勢いが嘘のように

青ざめ、後ずさりした。

 

「あ!よ、妖怪だ!」

 

「食われる・・・!」

 

その一言にかごめは、カチンと頭に響いた。

 

妖怪?

食われる?

 

人間のあんたたち、人のこと襲おうとしていたくせに!

悪い妖怪と大して変わらないくせして!

 

「ちょっと!何よ!その言い草は!」

 

かごめは男たちに怒鳴った。

 

だが、その言葉は男たちの耳に入ることはなかったのか、

犬夜叉の怒鳴り声を聞いた瞬間、あっという間に退散していった。

 

「何よ!失礼しちゃうわ!」

 

かごめは、去っていく男たちを睨みながらも

助けてくれた女のほうへと目を向けた。

 

「もう大丈夫だから・・・。」

 

だが、女が掴んだ浴衣の袖から力がまだ抜けていない。

むしろ、わなわなと震えていた。

 

「・・・どうしたの?助かったのよ?」

 

「・・・いや・・・、よ、妖怪・・・!」

 

「・・・!」

 

女は、怒鳴り駆け込んできた犬夜叉の姿に酷く怯え、青ざめていた。

 

さわさわと拭く夜風が銀の髪を靡かせる。

 

犬夜叉は、女の様子を気に留めることもなく

かごめのほうへと歩み寄った。

 

「かごめ!怪我ねえか?」

 

「う、うん。」

 

犬夜叉がかごめのほうに手を伸ばしかけたとき。

 

「きゃー!」と女は悲鳴を上げ、その場から逃れるように走り去っていってしまった。

 

「あ!待って!あの・・・!」

 

だが、かごめの腕は犬夜叉に掴まれ、後を追いことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

「怪我はなかったか?かごめ。」

 

何事もなかったかのように、ただかごめの身を案じる犬夜叉の言葉。

 

「おい?かごめ?・・・どうした?どっか怪我したのか?」

 

犬夜叉は、黙って立ちすくむかごめの顔を覗きこんだ。

 

「だって・・・。」

 

かごめの目に一筋の涙が静かに流れていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

NEXT